パイリンの薔薇



巨編恋愛小説「パイリンのバラ」

原作○ニョア・タエム

翻訳○オカ

第一回

 太陽が宮殿の玉座に座るとき、宝玉はきらめき輝く。一千匹の駿馬は王の車に従い、聖なる山を越え東から西に入る。そのとき夜になり、月が王座に座る。

 仏歴二四七○年。十千の第四年目。戌年・満月。
 バッタンバン州スバイ市場の屋根に太陽が沈む。

 古い建物がある。その建物は現在に残されたクメール建築の家で木造二階建て。瓦葺きの屋根がある。木の板に敷かれたバルコニーがあり、彫刻された木板が掲げられている。その板には『セーラィプゥオン(幸福)』という飾り文字が描かれている。

 その夜のこと、月明かりが窓の隙間からさし込み、そよそよと涼しい風が丁度良く、気持ちよく入ってきていた。
 壁に掛けられたランプの明かりが、一人の老人を部屋のフロアーに映し出す。その身体には肉がなく、骨と皮にやせ細り、まさに皮膚が骨を覆っているだけで微動だにしない。

 その傍らには青年がいる。実の父親である老人の世話をしているのだ。重い病気にかかった父親の名はチョム爺さん。彼はもう疲れはててボロボロで、その姿を見ただけで病気が重く、長く患っていることがわかる。大きく長く苦しそうに息をしている。
 老人は薄く目をあけ、部屋を見渡した。彼の目に映ったものは全て彼のもの。彼の傍らにいる幼い顔の青年をじっと見つめる。

 青年の名前はチャオチェット。老人にとっては最愛の子供で後継者である。
 老人は微笑みを浮かべ、震える声で青年に話しかけた。

「チェット、子は親の宝だ。もう夜も更けた。まだ寝ないのかね?。行きなさい。行って寝なさい」

 爺さんは子供の身体を心配して、強いて寝かそうとする。

「お父さん、私はまだ眠くありません。まだお父さんは薬を飲んでいないでしょう。お医者さんは必ず薬を飲ませるようにと、私に言いました」

「薬かね!」

 チョム爺さんは皮肉った。

「薬にしきたりがあるのかね?。この薬が自分の薬かどうかもわからない。飲んでもなにも特別なことは起こらない」

 そして、続けて言った。

「ああ、子よ。この薬をいままで沢山飲んできた。でも効き目は一向に見えない。病気を後退させることはできるのかね?。良くなるかね?。まだ全くなにも起きない。お父さんには分かっている。この病気は看病してもしなくても助からないと」

 チャオチェットがまだ父親の問いに答えないうち、突然一人の男が現れ、部屋の中に入ってくると、病人の側に座った。医者である。

「お爺さん。今日の具合はどうですか?。少しは楽になりましたか?」

 アアー、オヤ、オヤ!

 チョム爺さんは口をはさんだ。

「私には分からない。先生どうか怒らないで本当のことを話してください」

 先生は静かにそれを聞いていた。
 チャオチェットは父親の言葉が哀れに聞こえ、思わず涙が溢れ出てきた。
 熟練した医者は診察したあと、首を振りながらチャオチェットの耳元近くで囁いた。

「この夜を越すことはできないだろう」

 チョム爺さんはゆっくり、ゆっくり話しはじめた。とても疲れて震えながら、それでも一生懸命話した。

「私の命は終わった。今日か明日の朝には死ぬだろう。私には分かる。特別なことでもない、これは普通のことだ。人と動物は死を避けて通ることはできない。確実に死ななければならない。少しも昔を偲ぶことはない。生まれ変わるために死ぬのだから‥‥」

(つづく)



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