連載小説・パイリンの薔薇(4)



第四回

 医者から運良く紹介状を手に入れたチェットは、さっそく旅の準備をはじめた。

 籐のカバンに荷物を詰め込み、明日のためにさっさと床についたが、興奮しすぎて眠れない夜を過ごすことになる。

 結局眠れないまま明け方になり、お寺の鐘の音がハッキリと聞こえてきた。チェットは顔を洗い、バイリン行きのバスに乗るため、ビルボルン市場目指して歩いた。

 六時十五分出発。バスはバッタンバンから南に走り、その後向きを西へ変えて、日の沈む町・パイリン目指してひた走る。

 チェットは車窓から道の両側にひろがる部落をぼんやり眺めていた。魂が抜けてボロボロになったかのように‥‥。そうしていると、死んだ父が心の中に蘇ってくるようで、いつまでもいつまでも、涙が止まらなかった。ほかの乗客達は、そんなチェットを不思議そうな顔で見つめていた。

 パイリンまで距離はそう遠くないが、道が悪いので時間ばかり浪費する。

 しばらく走ると険しい山々が忍び寄るように近づいてきた。

 バスは山の麓を横切る曲がりくねった道を走る。道はでこぼこで、ときおりバスは大きく左右に揺れた。だが、パイリンに近づくにつれ、道は再び良くなってゆく。

 まわりには深い森と高い山がひろがり、時折無数の鳥や見たこともない動物が視界を横切ることもある。とうとう遠く遠く離れた町、パイリンに来てしまった。

 バスが終着駅である市場にすべり込んだのは正午近く。チェットはバスを降りると手当たり次第にソンバット氏の家を訪ねまわり、市場からそれほど遠くないところにある大きな表札を見つけた。そこには「ソンバットの館」と記されている。

 家の中へ向かって声をかけると、労働者のような身なりをした色の黒い男が出てきた。

「誰を訪ねてきたんだい?」

「わたしはソンバット氏を訪ねてきました。いまいらっしゃるのですか?」

「ついてこい」

 男について家の中へ入り、だだっ広い部屋の中で居心地悪くしていると、突然一人の年寄りが歩み寄ってきた。白髪に上品な絹のサロン。そして堂々とした態度。

「私になにか用かな?」

 ソンバット氏はパイリンでも有名な宝石商人である。チェットは慌てて椅子から立ち上がり、腰をかがめて合掌した。

「医者のサァアー氏から手紙を預かりました。ぜひお読みください」

 チェットはポケットから紹介状を取り出し、ソンバット氏に手渡す。氏は笑みを浮かべながら受け取り、しばらくして読み終えると、チェットの方を品定めするかのような眼差しで見つめた。

「チェットさんか‥‥。うちの仕事ははっきり言って重労働だ。一日五〜六時間も深い穴の中に入って作業しなければならん。経験が無いのならやめておいたほうがいいぞ」

 しかしチェットは、少しもひるまなかった。

「人にできることならわたしにもできるはずです。人はこの世に生まれてきた以上、多くの困難に出会うでしょう。仕事が重くても軽くても、一生懸命努力します!」

 ソンバット氏はそれを聞き、満足そうに頷いた。

「あんたの言うことはまったくもって正しい。それじゃ明日の朝から働いてもらうことにしよう。仕事は東側の宝石杭での穴掘りだ。最初の給料は30リエル。真面目にやっていればじき上げてやらんこともない‥‥」

 チェットは尊敬を込め、深く頭を下げ同意した。



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