カンボジアの暦から



「雨乞いの祭」

 七月に入って、やっと雨期らしく涼しくなってきたが、地方では苗床が枯れてしまったり、去年の半分も田植えが終わっていないなど、これまで雨が少なかっただけに米の収穫が心配である。

 今回はネコを使うユニークな「雨乞いの祭」を、「クメールと音楽」の抄訳を通して紹介しよう。

 北東部のシェムリアップ、ウドンミンチェイ、バンテアイミンチェイでは、水をきらう動物として知られるネコをカゴに入れ、鬼のマスクをかぶった二人が、これを担いで村々をまわる踊りがある。

 カンボジアでは、ネコにひどい仕打ちをすると、死ぬまでの間に仕返しがあると信じられている(ほかの場合は来世にその業(ごう)を受けるが、ネコは仕返しが早い)。手足が震える病気やけいれんを起こすのは、昔ネコをいじめたからだと信じられている。

 だからネコに水をかければ、ネコはわめき叫び、その声は天に届き、すぐに天から人々を水びだしにする仕返しが来るというわけである。

 まず、お寺の境内に大きい砂山をひとつ、そのまわりに小さい砂山を四つ作る。さらに魚とか亀とかワニなどを砂で作り周りに配する。それぞれの砂山に線香とロウソクを立て、人々はお経を唱える。その間、演者たちは本堂の中で僧侶のお経を聞き、水をかけてもらってから出発する。演者たちが出て行くと、僧侶は「トレイ・ロッ(ロッという大きな魚)」の経を演者が村々をまわって戻ってくるまで、何日何カ月と唱え続ける。

 祭りの主役はネコである。ネコを入れたカゴを、鬼あるいはグーという名の悪者のマスクをかぶった二人が担ぐ。この二人は人々がネコに水をかけようとするのを防ぎ、雨を降らせまいとする悪者である。

 さらに欠かせない役は、ざるをもって魚をとる踊りをする二人で、うしろには、とった魚を入れるためのカゴを小脇に抱えた二人が付きそう。カンボジアでは「水のあるところに魚あり」と言われるように、田んぼに水がはるときは決まって魚も良くとれる。

 踊りを見ている人たちはお金を投げ、演者はお金をざるですくってカゴに入れる。このお金は魚を意味し、これと同時に人々は水をすくい、鬼をおしのけネコに水をかけはじめる。

 脇役として、鈴をつけた長い竿を持った人や太鼓を叩く人、歌い手、二弦の楽器(トローッ)とペイという笛の人も一緒に歩く。さらに、やりかたに間違いが無いように、長老かアチャーと呼ばれる儀式をつかさどる寺の男も付きそう。

 田植えができるほどに雨が降ったら、演者たちはお寺に戻ってくる。絶対してはいけないのは、僧侶のお清めを受けず家に帰ることで、もしこれを怠ると災いが起きると信じられている。僧侶から聖水をかけてもらい、演技者はもとの生活に戻っていく。

 「信じなくてもいいけれど‥‥」と前置きして『クメールと音楽』の著者は、「この踊りを記録調査のため特別にやってもらったところ、数日ずっと雨が無かったのに、その晩激しい雨が降った」と言っている。

 それから「トレイ・ロッ」の経は、中部と南部の県・カンダール、タケオ、コンポンスプーなどでも、別の雨乞いの祭りで使われるが、著者は採集できていないという。最後まで覚えている僧侶に出会ってないとのこと。

 それにしても、ネコ君、ごくろうさま。
(小味かおる)



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