連載小説・パイリンの薔薇(5)



第五回

 ちょうどそのとき、靴音が家の裏手から聞こえてきた。チェットは反射的にチラリと一瞥したが、そのままその場に凍り付いてしまった。

 その人は蜜のような目でチェットを見つめ、近づいてきた。

 チェットは心惹かれた。彼女は傲慢でよそよそしい素振りをしているが、優雅でバラの花のように美しく、丸顔で肌は絹のように白かった。

「なんと美しい人だろう」

 チェットは思わず我を忘れ、ただ、呆気にとられていた。

「ネーリー、ここに来なさい。今日、新しい人が仕事をするためやってきた」

 ソンバット氏は娘を呼びよせると、大声でチェットを紹介した。

 ネーリーと呼ばれたその女性は、階段をゆっくりゆっくり登り、少し傲慢な態度でチェットを品定めするように見つめた。年頃の女性によく見られる習慣である。

「お父さん、これが新しく入ってきた人?」

「チェット、これは娘のネーリーだ」

 チェットはあわてて合掌し、娘に挨拶をした。

 ネーリーは父の新しい労働者を、足先から頭のてっぺんまでしげしげと見つめ、こう言い放った。

「こんな痩せた、アヘン中毒患者のような人に、鉱山を掘る力が残っているのかしら?」

 チェットは若い女性にこのようなことを言われ、思わず反発した。

「人は自分の愚かさを自分では気づかない。本当に私みたいに細い人が弱く、太く肉付きの豊かな人が強いのだろうか‥‥」

 ネーリーは顔をしかめた。一介の労働者が、このように大胆なことを言ってのけるとは夢にも思っていなかったのだ。いままで見た男たちは誰も、彼女にこのような態度で答えることはなかった。

「チェットよ、もうそのくらいで止めて、休みなさい。いいかげん疲れているだろう?」

 チェットは宝石掘りの労働者として、ソンバット氏の建物に住み込んでいた。たとえどんなに重労働であっても構わない。嫌気を起こしたりせず、いつも心から喜び、与えられた仕事をこなす決心だった。

 ソンバット氏のところで一秒でも長く働きたい。彼は優しさと慈悲の心を持ち、多くの人が彼に心酔している。

 六月の空気は澄み渡っていた。ソンバットの娘、ネーリーは常に偉ぶる態度を崩さなかったが、まるでバラが咲いたように美しく、彼女が歩くだけで、とても良い香りが辺り一面に漂うようであった。

 チェットは静かに座って考えていた。

 なぜ彼女のことが頭から離れないのだろう。美しいが傲慢であり、おまけに彼女の父は巨万の富を持ち、あまりにも自分とは身分が違いすぎる‥‥。彼女のことを想うだけでキリキリと心が傷み、もう考えないことにしようと思うが、そうはいかない。

「まるで小さな身体と短い手で、山を抱くようなものだ」

 しかしネーリーもまた、チェットのことを気にとめていたのであった。



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