連載小説・パイリンの薔薇(6)



第六回

 ネーリーもまた、チェットのことが頭からなかなか離れなかった。

 チェットは、父にお世辞を言わない珍しい人だ。それに、思ったことを遠慮せず素直に話す。そして話の筋も通っている。きっと彼なら信用できるだろう‥‥。

 作業場の近くを通りかかると、ときどきチェットの歌声が聞こえてくる。たぶん学校で習ったのだろう。彼は教育を受けてきた人に違いない。

 その日の夕方、下弦の月が現れ光り輝く。森はまるでモノクロ写真のように灰色一色に染まっていた。

 ネーリーは気晴らしに一人で森を散歩した。家の正面にある庭は、一面芝生を敷き詰めたように緑が広がっていた。そして彼女は何気なく、チェットが寝泊まりする小さな家を盗み見た。

 暗く明かりのない小屋を見ているうちに、なぜか近くまで行ってみたくなり、ネーリーは侍女と一緒にこっそりと竹垣のそばまで忍び寄った。すると突然、楽しそうな歌声が窓の隙間から漏れ聞こえてきた。

 窓の隙間へかすかに伸びている月の光をたどるようにして、ネーリーはフラフラと小屋に吸い寄せられていった。そして思わず中を覗き込んでしまうのだろた。

 チェットは寝ているのか?。死んだように固まっていて動かない。ネーリーは窓から小声で彼の名前を呼んだ。するとチェットは固まった状態のまま、口を小さく開けてネーリーを招き入れた。

「私の家によく来てくれましたね」

 ネーリーはわざと不機嫌な顔をして、文句を言った。

「わたしが遊びに来たとでも思っているの?」

「それではなぜ、こんな時間にこんなところへ来たんですか」

「楽しそうな歌声が聞こえてきたから。誰が歌っているのか‥‥人だか動物だか‥‥それが知りたくて来たの‥‥」

「誰も歌ってません。もし知ってたら言いますが、私は歌なんか歌えません」

「うそ!。この小屋のほうから聞こえてきたのよ。あなたの他に誰がいるのよ?」

「私一人しかいません。たぶん、もっと遠くの方から聞こえてきたんでしょう」

 ネーリーはチェットの言葉がどうしても信じられず、同じ質問を何度も何度も繰り返すのだった。チェットは笑った。

「ネーリーさん。強いて私だと言い張るなら、いまここで歌いますから同じかどうか確かめてもらえますか?」

「わたしをからかってるの?あなたは言葉がわからないの?」

「もし言葉がわからないのなら、どうしてこうやって話ができるのですか」

「やめて!、ばかばかしい」

 ネーリーは手を挙げて話しを遮り、チェットの小屋から出て行こうとした。

「おやおや、そんなに急いで一体何処へ行くんですか。こんなに素晴らしい自然の景色を見ながら、勿体ないですね」

「わたしも自然は好きよ。でも気の狂った愚かな人と一緒に居ることはできません」

「気の狂った人はここにはいませんよ‥‥それでは、議論せず庭園に行ってお話しましょう」

 夜空を見上げると、一面が数え切れないほどの星で埋め尽くされ、半ば欠けた月がそのなかに浮かび上がっていた。(つづく)



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