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クーロン黒沢プロフィール
書籍以外の作品
ミニスケポリス
D3パブリッシャー・2005年9月
生まれてはじめて参加した、まともなゲームの企画です(まともじゃないゲームなら幾つか経験あり)。
アメリカ生まれの気狂い殺戮ゲーム「マンハント」に衝撃を受け、我らも続け!と開発スタート。
その後、各方面から「血はだめです」「緑色でもだめです」「とにかく、液状のものを出すのは禁止です」など、
ありがたいご指摘を多数頂き、ゲームの世界もいろいろあるんだなあ……と実感! マンハントが好きな人にはお勧め!
現在の連載
PC GIGA
「アジアヘルシー紀行」を白黒半ページで三年以上連載してます。いくつかピックアップして
単行本にも流用! はじめはミスターPBXとの対談企画だったのですが、事情により路線変更!
ダイスケ.com
お金持ちになりすぎた旧知の男が運営するご自慢のブログ。金を借りに行ったら断られ、かわりに
お慈悲で仕事を頂いております。フェラーリとかポルシェとか沢山持っていて、ほとんど埃をかぶっているようです。
それなら一台くらいくれてもいいのに……
過去の連載

月刊電脳亜細亜
一般流通にはのらない本ですが、アキバにショップを開いた知人が書いてくれというので書きました。
これの編集をしていたのはイラン人顔で正体不明の男。昔はワンボックスカーに在庫を積んで裏ビデオの宅配をしていた
という苦労人だが、なぜか色々な人から恨みを買うのが得意な人で、中国人を使って彼を殺そうとしていた人もいたほど。
怨念の恐ろしさを知る機会となった媒体でした。

DEEP NET
ハッキング専門のちょっとむずかしい雑誌。目立たない連載をさせていただきましたが、
いつしか休刊となってしまいました。

ASCII DOS/V Issue
既に休刊。むかーし、二年ほど連載。担当の女が何の引き継ぎもしないまま失踪。
連載第一回目では連載タイトルを誤植。すばらしい雑誌でした。

at your own risk
ソフトバンクがやってたネット新聞のいちコーナー。担当だった方はその後出世して、
各界で顰蹙を集めている某ハッカー情報誌を創刊。なに書いてたのか記憶がありません。

CD-ROM FAN
かつて毎コミがCD-ROM出始めの頃、刊行していた専門誌。2年ほど連載させていただきました。
とある超能力イベントを出来心からくそみそに書いたのがきっかけで、裁判沙汰寸前、仕事を失いました。

コンプティーク
黎明期の元パソコン少年にとっては、特別思い入れのあった雑誌。
ただ、仕事を引き受けていたのが私が生涯で一番忙しく、薬の力でかろうじて入稿してた最悪の頃でした。
この場を借りて謝罪しておきます。

クリーム
エロ本に裁判傍聴記を二年ほど連載。法廷イラストも自分で描いてました。担当の方はいま、
堅気の出版社で偉くなっていらっしゃるそうで、お世話になりました。二時間遅刻とか、
絶対にしてはいけないことをたくさんしていました。朝は苦手なんです……。

桃クリーム
「クリーム」の別冊エロ本。
こちらでも麻の栽培法とか、今読み返すと(記憶の中で)いたたまれなくなるような話が次々と展開。若かった。

デジタルノヴァ
初期ITバブル時、どっかの大企業から滝のように流れ込む潤沢な資金で運営されていたネット上の読み物サイト。
数年間にわたり、おいしい思いをさせていただきました。人間、楽すると堕落します。

エロッカーズ
エロサイトバブル時、うちに毎月10万近いバナー広告を出していた会社から依頼があり、変なコラムを寄稿。
大麻の話で大麻堂のおやじから厳重抗議みたいなのが来て、面白かったという記憶しかありません。認知症かなあ……

EX CD-ROM
バブルの頃、毎月数十ページ、ペンネーム変えて書きまくっていた思い出深いエロパソコン雑誌。
「ディビット・クワンの人権ってナンデスカ(お気に入りの連載)」とか、
今なら社会的に抹殺されてもおかしくない類の話を二年ほど、好きなだけ書かせていただきました。
自分で広告を出して、自称イランの山奥から輸入したという悪魔の石(念じるだけで相手が狂い死に!)
等の反社会的商品の売買もして、ふたつ売れました。若さゆえ……。

ゲームラボ
雑誌名が「バックアップ活用テクニック」だった頃から、沢山お仕事をいただきました。ついでに悪い癖で、
記事を装った物販とかもやりました。この頃のパソコン雑誌は、別の意味で無法地帯に近いものがあったと思います。

ゲームウララ
コアマガジンのゲームラボといわれた雑誌。身体障害者映画のレビューとか、
全身にナチの刺青を彫ってステージ上で脱糞するアメ公のビデオとか、本当にどうでもいいものを沢山買って
いっぱい紹介してました。これ読んだ少年少女たちが道を踏み外していなければ良いのですが。

インターネットマニア
上記「ゲームウララ」の休刊後、ほぼ同じスタッフで始まった黎明期のネット情報誌。二年ちょいの間、
カンボジア日記ほか連載させていただきました。私的には非常にありがたい雑誌でしたが、あえなく休刊。

GOGO WINDOWS
「インターネットマニア」休刊後、日記の続きを二年ほど引き継ぎ連載、よくぞやらせてくれました……。
というわけで、問題の日記は「ロンパオ」という本になっています。よろしくお願いいたします。

Hacker Japan
とってもむずかしそうなハッキング専門誌。お義理で少しだけお仕事を頂いていました。
でも、ボロ車の話とか全然関係ないことばかり書いていたら、いつの間にか干されてしまいました。

KONPEITO
ベッコアメというISPの機関誌。社長の尾崎さんは価格破壊ISPの草分け的存在のひと。
当時は会社も彼も絶好調。インタビューではスーパーカーの自慢話が炸裂。
この手の、我を忘れてしまうおっさんは大好きです。

Macjapan Bros
マックジャパン……というお堅いマック情報誌が、お堅い部分と柔らかい部分で二誌に分裂したときの、
やわらかい方に連載。物品紹介が多かったです。

メンズウィンドウズ
コアマガジンのエロパソコン誌。原稿が足らなくなると電話がかかってきました。
連載なのかなんなのか今でも良くわかりません。担当編集は、とある事件で2chでは有名な方だそうです。

宝島30
おじさん向け情報誌。連載開始直後に表紙が真っ赤になって休刊決定。

テックウィン
ごく短期間連載。妙に卑屈で、かつ上目遣いで目つきの悪い担当編集者の顔しか記憶にありません。
その他

香港97
スーパーファミコン用のソフト。とある人物がプログラム。私はその他もろもろ。
制作期間一週間。香港・台湾・タイのメディアでも紹介された(らしい)。
ゲームのメッセージ翻訳を依頼した知り合いの香港人は、その後妙におどおどしながら消息を絶ってしまいました。
タイの素 / タイの怪事件 / カンボジアの素
アマチュア時代に友達と作っていたミニコミ。今の私の原点です。
いくつかはネタとして商業出版物でも使い回しさせていただきました。
バイオレンスシティ山谷・VHS(30min)
山谷とは、東京都南千住にある労働者の巣窟。大阪の西成、横浜の寿町とならび、日本三大ドヤ街と呼ばれている。
当時、中古のビデオカメラを入手した私は、むしょうに寄せ場の記録映像が撮りたくなり、
友人の谷Kとレバノン田中を率いて山谷に突入。
商店街のソープ情報喫茶店に入り、マスターのソープ自慢を隠し撮りしたり──
というか、当時のビデオカメラはちょっとした天体望遠鏡くらいの大きさで隠し撮りは不可能だった。なので堂々と撮影。
その後、路上で酒盛りしていたヤバ目のおっさん軍団を撮影中、突然彼らが発狂!
走って逃げるが町中追い回され、レバノン田中はじじいのタックルくらって転倒。僕と谷はタクシーに飛び乗り、
田中を見捨てて逃走。田中は交番に逃げ込んで国家権力の保護を受けて一件落着……
と、初めてのビデオにしてはちゃんとオチもついています。
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