ホーチミン市人民委員会の北側の道を西に少し入ったあたりで、突然目に入ってきた日本語の看板。
レバニラ炒め、中華丼、ソース焼きそばと、懐かしい文字が並んでいる。店は四メートルほどの間口で、質素な籐椅子とカラカラ音を立てて回る扇風機があるだけの決して高級とは言えない日本料理屋「CA CA」が、いま、ベトナム愛好家の間で話題になっている。
ホーチミン市に日本料理店は四カ所ほどあるが、素材の仕入れが困難なのか、どの店のメニューも目が飛び出る程高い。天ぷらうどんがUS$9というから、そう気軽に味わえるものでもない。ただそれがホーチミン市の常識であるといわれればいた仕方ない。
その「常識」を根底から破ってしまったのがこの「CA CA」というわけだ。なにしろ、ソース焼きそば$1.2。コーヒーが$0.12と、充分に納得のいく料金設定である。なぜ、それが可能なのか。
「最初から儲けようなんて思ってなかったから。ベトナムが好きで何回か行き来している間にこうなってしまった」
日本でもともと技工士をしていた細井さんが、この店を開いたのが去年(92年)の三月。初めてベトナムに来て一年も経ってなかった。
「ベトナムの好きな連中が、自然に集まれるような場所にしたかった」
まだガイドブックにも載っていないので、旅行者が押し寄せるということはないが、店内に置かれたノートブックにはベトナム・カンボジアを旅行する日本の若者達のメモ書きがビッシリつまっている。
「いろんなもめ事も持ち込まれちゃうんだけど・・」
細井さん自身、公安には何回か目をつけられている。
「屈したらダメ。堂々とがんばれば道は開ける。よろず引き受けではないけれども、ホーチミンに来た日本人で困ったことがあれば相談に来てもらって大丈夫ですよ」
なにかと面倒なことの多いベトナムで、素材の手配もままにならない。公安とのやりとりでも気を遣わなければならない。それなのになぜベトナムにこだわるのか。
「いやになること。嫌いになることは日常茶飯事。それでも好きなのは、背伸びしないベトナムののんびりしたところかな」
背伸びしないことをそのままコンセプトにしたような、食堂のような喫茶店のような、日本人の寄り合い場所のような「CA CA」である。