
|
埼玉の奥深い山奥に、あらゆる犯罪に手を染めた大悪人が住んでいる。
彼の名は下条某(仮名)。なんでも噂によると廃人寸前のジャンキーだとか、
地下室でドブロク(密造酒)を作っているとか、近所の子供を洗脳してUFOと交信しているとか、
聞いただけでもゾクゾクしてくるラジカルな人物のようである。 彼から取材の許可をもらった翌日、わたしは埼玉県X市へと向かう電車に乗った。 X市は埼玉と群馬の国境地帯に位置するベッドタウンだ。各駅停車のクソ遅さにイライラし、 尻が痛くなって気温が五度ほど下がった頃、電車は目的のF駅に滑り込んだ。 電車を降りて近くの公衆電話へと向かい、上野のイラン人から10枚千円で買った 偽造テレフォンカードを挿入、下条君から教わった秘密の電話番号をプッシュした。 トルル、トルル、ガチャ。 「下条です……」 「黒沢です。いまF駅につきました」 「了解……ガチャ」 「えっ?」 下条君は電話を切った3分後、軽ワゴンで颯爽(さっそう)と わたしの前に現われた。見たところ爽やかな普通の青年だが、 眼球の奥から死んだ魚のような怪しい光を放っている。薬物のせいだろうか 瞳孔が開きっぱなしだ。これはタダ者じゃないぞ。そして下条君は無口だった。 「下条さん。さっそくですがお話を……」 「いやだ」 「そう言わずに……」 「君はFBIか?」 「…………」 彼は無言でハンドルを握る……。下条君の家は駅から車で五分ほどの場所にあった。 中世に建てられ、そのまま放置されたかのような彼の家は、埼玉県においても周りから明らかに浮き上がっている。壁にはコケが生え、怪しげな植物がありとあらゆるところに絡み付き、どこからともなく死臭のような甘い香りが漂ってくる。 そして庭の柴犬がうるさい。聞くと実験のため、毎日少量ずつの薬物を与えているとのことだ。なんの薬物かは恐ろしくて聞けなかった‥‥。犬の目は狂気を含み、ギラギラと緑色に輝いている。ある種の恐怖がわたしの脳裏に走った。まさしく狂犬だ。 下条君の部屋は屋根裏にある。部屋の隅々には、彼が世界中から収集してきた毒気を含んだ品物の数々が何気なく配置されていた。ネパールで買ったマンダラ、拾ってきたアコーディオン、コードレス電話盗聴マシン、時々視線が合ってしまう汚れたフランス人形など、マニアならヨダレモノなグッズが満載だ。しかし、わたしがさらに驚かされたのは、下条君の趣味が爆発した蔵書を見てしまったときである。 無口な下条君は家族と同居しているため、趣味の蔵書はすべてカモフラージュ用に無難な書籍が置かれた本棚の裏に隠されていた。カーテンで仕切られた一角に置かれた秘密の本棚に収納された禁断の蔵書‥‥その内容といったら、ほとんどがドラッグ、黒魔術、ロリータなど、一般社会ではタブー視されているラジカルなモノばかり。さすがは下条君だ!。 そんなこんなで、下条君の事をイチイチ詳しく話していたら、ここの容量全部をもってしても不可能なほどなので、さっさとサケを作る所まで飛ぶことにしよう。 「さて、下条君。そろそろ酒を作りましょう」 「そうしましょうか」 「そうしましょうよ」 「そうだね。じゃあここじゃまずいから、地下室に降りよう」 倉庫代わりになっている地下室には、下条君が作った「関係者以外立入禁止」と書かれた手製のプレートが貼ってあり、家族をもってしても出入りは固く禁じられている。そこには日本各地で悲惨な目にあっていた(当時)タイ米が山のように積んであった。これが酒の原料になるという。 「このタイ米・・・凄い量ですね」 「フフン。こんなもの誰も食わないからな。そこのスーパーで1キロ十円だぜ」
そう言いながら下条君はタイ米のフクロを憎々しげにグリグリと足でひねり始めた。
これで下ごしらえが終わった。できたものを熱湯で消毒したバケツに移して、変な菌が繁殖しないように注意しながらフタをして、日陰に置いておく。三日に一度、熱湯消毒したハシなどで中味をゆっくりかきまぜるようにしよう。
もし濁った酒がイヤだったら、しばらく放置しておけば不純物が下のほうに沈殿してくるので、上澄みだけを採取すれば清酒状のモノも楽しめるぞ。まあ期待しないで適当に作ってみよ‥‥おっと、法律違反なので絶対にダメ!。 |